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宮崎家庭裁判所 平成3年(家)2059号 審判

申立人 中村佳奈子

相手方 島本義正

主文

1  事件本人の親権者を相手方から申立人に変更する。

2  相手方は、申立人に対し、金65万円を支払え。

3  相手方は、申立人に対し、平成4年9月1日から事件本人が満18歳に達するまで、毎月金5万円を毎月末日限り支払え。

理由

1  申立の趣旨

(1)  事件本人の親権者を相手方から申立人に変更する。

(2)  相手方は、申立人に対し、事件本人の養育料として、毎月金5万円を支払え。

2  当裁判所の認定した事実

本件記録及び平成3年(家)第2175号事件記録によれば、次の事実が認められる。

(1)  申立人と相手方は、昭和39年12月12日、結婚し、昭和41年、長女和美が、昭和43年、長男一夫が、昭和53年12月28日、事件本人である次女公子(以下「事件本人」という。)が、それぞれ出生した。なお、申立人と相手方は、昭和43年、申立人の母の援助で、相手方現住所に建て売り住宅を購入し、以後、同所で生活していた。

(2)  相手方は、職場の組合活動を熱心に行い、家庭内のことには協力的でなかったことなどから、申立人は、相手方に不満を抱いていたうえ、相手方は、昭和52年ころから、当時ホステスをしていた小田洋子と親しく交際するようになったことなどから、申立人と相手方は次第に不仲となった。他方、申立人は、昭和63年10月ころ、中村太郎と知り合い、同人と親しく交際するようになり、相手方と別れようと考え、同年12月10日ころ、申立人は、相手方に「離婚してほしい。」と申し出た。これに対し、相手方は、申立人になめられてはいけないと思い、また、申立人が本当に出ていくとは思わず「いいぞ。」と答えたところ、申立人は、事件本人を連れて家を出た。

(3)  申立人は、相手方と、事件本人の親権者については十分協議せず、離婚届の用紙には、申立人が事件本人の親権者となる旨の記載(「妻が親権を行う子」の欄に事件本人の名を記載)をし、署名押印したうえ、昭和63年12月15日ころ、これを相手方に渡し、相手方に離婚手続きをするよう依頼した。相手方はこれを了承したものの、離婚の決意は固まらず、しばらく届出手続きをしなかった。しかし、その後、相手方は、申立人が男と一緒に生活をしているのを知り、離婚の決意を固め、更に、夫がありながら別の男と同棲するような申立人を事件本人の親権者とすることに心理的反発を覚え、申立人に無断で、同用紙に相手方が事件本人の親権者となる旨の記載(「妻が親権を行う子」の欄の事件本人の名を抹消し、「父が親権を行う子」の欄に事件本人の名を記載)をし、平成元年12月13日、離婚の届出をなした。そのため、事件本人の戸籍の身分事項欄には、親権者を相手方を定める旨の記載がなされた。

(4)  申立人は、昭和63年12月に相手方の元を出た後は、事件本人を連れて、中村の所に赴き、以後、同人と同棲生活を送るようになった。他方、相手方は、申立人が出て行った後、長女和美、長男一夫と一緒に生活していたが、和美は平成2年8月結婚して家を出、一夫は大学を卒業し、平成3年4月に就職した。

(5)  申立人が同棲するようになった中村太郎(昭和12年9月20日生)は、宮崎出身で、昭和37年に大田良江と結婚し、二子をもうけ、昭和44年から昭和62年まで、大阪で飲食店の経営などをしていたが、うまくいかず、宮崎に戻り、昭和63年4月には妻良江と離婚した(それ以前に二子は結婚)。中村は、申立人と同棲後の平成元年6月に飲食店を開店し、申立人もこれを手伝っていたが、利益が上がらず、中村も糖尿病で入院したことなどから、平成3年7月26日に店を閉じた。申立人は、その後家政婦派出会に所属し、派遣家政婦をし(日給5400円)、その後○○病院の看護助手として稼働している(月収手取り約11万円)。なお、申立人は、平成4年7月3日、中村と結婚した。

(6)  事件本人は、申立人が中村と同棲した昭和63年12月以降両名と一緒に生活し、中村に対しても懐き、申立人が事件本人を監護養育していた。しかし、事件本人は、申立人や中村から、食器洗い等店の手伝いをさせられることなどに不満を持ち、平成3年6月、申立人らの元を出て、申立人の母(事件本人の祖母)チヅル方に行った。そこで、申立人、長女和美、長男一夫らは相談をし、しばらく事件本人を相手方の元で生活させることにした。このような経緯で、事件本人は、平成3年6月いったん相手方の元に戻り、相手方もこれを喜んで迎え入れた。しかし、相手方は事件本人の欲しがるものを買い与えたり、お金は渡すものの、帰宅時間が遅く(週3回は午後10時すぎ)、事件本人は、相手方との生活を味気なく感じていたうえ、相手方と長男一夫がとっくみ合いの喧嘩をしたのを見て精神的ショックを受けたことなどから、相手方の元にいるのがいやになり、同年7月末に申立人の元に戻り、以後は再び申立人が事件本人を養育している。事件本人は、現在、申立人と一緒に生活したいと考えている。

(7)  相手方は、現在も、事件本人と一緒に住み、養育していきたいと考えている。しかし、相手方は末っ子である事件本人を幼時から可愛がっていたものの、その態度は、溺愛に近いもので、事件本人自身、相手方の態度に一種の露骨さを感じるようなものであった。

(8)  相手方は、昭和37年以降、○○市役所に勤務し、現在○○課○○係係長の地位にある。平成2年度の相手方の総収入は686万6460円(月平均57万2205円)、所得税は35万8400円(月平均2万9866円)、社会保険料62万5644円(月平均5万2137円)、住民税月平均2万2400円、固定資産税月平均1万1000円、住宅、教育等の借入金返済月平均15万1945円である。相手方は、申立人と事件本人が相手方の元から出て行った昭和63年12月以降は、平成3年6月から7月にかけて事件本人が相手方の元に戻った期間を除き事件本人の養育料は負担していない。

3  当裁判所の判断

(1)  親権者変更について

前記認定事実によれば、本件において、協議離婚の際、申立人と相手方との間で、事件本人の親権者指定についての協議はなされておらず、相手方が本件離婚届の用紙に自己を事件本人の親権者となる旨の記載をなして届出た点は、申立人との協議によるものとはみられない。

してみると、本件協議離婚の際の親権者の指定は有効なものとはみられず、厳密に考えると、申立人としては、相手方に対する親権者指定協議無効確認の確定判決(家事審判法23条の審判を含む)を得て、戸籍法116条により事件本人の戸籍身分事項欄の相手方を親権者と定める旨の記載を消除したうえで、改めて親権者指定の協議あるいはこれに代わる審判により、事件本人の親権者を定めるべきものと解される。

しかし、申立人は右方法を選ばず、本件協議離婚における親権者指定を前提とし、本件親権者変更の申立をしているもので、これは実質的には当初の親権者指定を追認したものとみられ、本件親権者変更の申立は有効なものと解する。

そこで、本件申立ての当否について検討するに、申立人は相手方と別居後ほとんどの期間事件本人を監護養育しており、その監護養育方法に大きな問題はなく、事件本人も今後申立人と一緒に生活したいと考えていること、相手方は、事件本人に対する愛情は有するものの溺愛的な側面が見受けられるうえ、帰宅時間も遅く、いまだ中学生である事件本人の十分な養育監護は困難とみられることなどを併せ考えると、事件本人については今後とも従前どおり申立人が監護養育するのが相当である。そして、特段の事情がない限り監護者と親権者は同一人であることが望ましいところ、本件においてはそのような特段の事情は認められない(なお、相手方は、不貞をはたらいた申立人は親権者として不相当である旨主張しているが、申立人が中村と親しくなる以前から相手方自身小田洋子と相当長期間に亘り深い関係にあったとみられるから、右主張は採用できない)。

以上によれば、事件本人の福祉のため、事件本人の親権者を相手方から申立人に変更するのが相当である。

(2)  養育料請求について

〈1〉  親は、離婚後といえども、未成年の子の生活を保持する義務があるから、その資産、収入等に応じて養育料(監護費用)を分担すべきものである。本件において、申立人は、相手方と離婚し、中村と同棲(その後結婚)のうえ、事件本人を養育しているが、このような場合においても相手方は監護費用の分担を免れるものではない。

〈2〉  そこで、まず、事件本人の生活費(監護養育費)について検討する。

事件本人の生活費の実額は明らかではない。そこで、生活保護法に基づく保護基準額(平成3年3月30日厚生省告示69号)に基づいて推計算出する。そして、これに現実にかかっている教育費を加えると以下のとおり月額6万2630円となる。

第1類 3万6500円

第2類   4130円

教育費 2万2000円

合計  6万2630円

〈3〉  次に、上記生活費を申立人と相手方との間でどのように分担すべきかについて検討する。

分担額の算出については、いわゆる余力比による方式(分担能力費方式)に基づいて計算することとする(判例タイムズ747号314頁参照)。

(ア) 申立人の余力分

申立人の収入は看護助手として1ヶ月11万円である。なお、申立人は、中村と同棲中であり、同一の家計を構成しているが、同人は病気療養中で、定収入はないので、同人からの収入は計上しなかった。

次に、支出について検討するに、支出実額は明らかではないが、前記認定の申立人の生活状況に照らすと、ほぼ最低生活費程度と、みられるので、前記生活保護法に基づく保護基準額に基づいて算出すると、6万7031円となる、これに職業費として収入の10%(1万1000円)を差し引く。なお、中村関係の生活費については考慮しない。

以上によれば、申立人の余力額は、11万円-6万7031円-1万1000円 = 3万1969円となる。

(イ) 相手方の余力分

相手方の余力分は、前記認定の収入、支出から算出すると、次のとおりとなる。

1ヶ月の平均収入額 57万2205円

所得税     2万9866円

社会保険    5万2137円

住民税     2万2400円

固定資産税   1万1000円

借入金返済額 15万1945円

職業費20% 11万4441円

最低生活費   6万7031円

余力額    12万3385円

(ウ) そこで、以上を前提にして、申立人及び相手方の余力額を照らして、各分担額を算出すると、次のとおりとなる。

申立人の分担額

6万2630×3万1969(円)/(3万1969(円)+12万3385(円))≒ 1万2888円

相手方の分担額

6万2630×12万3385(円)/(3万1969(円)+12万3385(円))≒ 4万9742円

以上を総合すると(1000円未満四捨五入)、相手方は毎月5万円を事件本人のために負担すべきである。

〈4〉  最後に、養育料支払いの始期について検討するに、養育料の支払義務は、事件本人が要扶養(要監護養育)状態にあり、義務者たるべき相手方に支払い能力があれば存在するとみられるところ、裁判所はその裁量により相当と認める範囲で過去に遡った養育料の支払いを命じることができると解される(扶養につき同旨、東京高裁昭和58年4月28日決定。家裁月報36巻6号42頁)。

そこで、本件支払の始期について検討するに、本件調停申立は平成2年7月11日、審判移行は平成3年2月4日であるが、本件において、事件本人は、申立人に養育され、同人が養育料を支出していたが、事件本人は、平成3年6月、一旦相手方の元に戻り、1ヶ月余りは相手方が事件本人を養育し、養育料も負担していたが、同年7月末、申立人の元に戻ったこと、中村は、平成3年7月26日に同人の病気等のため、店を閉め、申立人は、同年8月12日から派遣家政婦をしており、前記申立人の収入は同年8月以降について推計したものであり、それ以前の収入状況は不明であることなどを併せ考えると、相手方は、申立人に対して、平成3年8月以降1ヶ月当たり5万円の養育料を支払うべきである。

〈5〉  以上によれば、相手方は、申立人に対し、事件本人の養育料として、平成3年8月分から平成4年8月分までの金65万円を直ちに支払い、かつ、平成4年9月1日から事件本人が満18歳に達するまで、毎月金5万円を毎月末日限り支払うべきである。

(3)  よって、主文のとおり審判する。

(家事審判官 横田信之)

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